ニシヤマ的つぶやき


そして日本のはずだった。

9月24日金曜日


あっ!


しまった今何時…4時45分!わあ!

昨日あのまま爆睡してしまったようです。5時にガイドさんがホテルまで迎えに来ると言うのに。昨日買った買い物もベッドの上にポイしたままです。
「やべーやべー」
いそいで着替えるだけ着替えて、もうお化粧はパスすることにしました。どうせ外は真っ暗です。
窓の外から話し声が聞こえてきます。私の部屋はホテルの入口に一番近いのです。S田さんとS原さんが合流したようです。西山も出撃!

と。

ガチャガチャガチャ。

ドアが開きません。

オシャレリゾート風のこの部屋の扉は観音開きです。右の扉は内側上の方で小さい棒を壁側に差し込むあのアナログ式、そして左の扉手元の当たりの鍵はつまみをまわすとガチャリと右のとびらに鍵が差し込まれて閉まると言う、まあ説明するとこんな感じなんですけど。その、つまみをガチャリと反対側に回すとガチャリと差し込まれた鍵の棒が抜けるはずが…抜けてない!
がちゃがちゃ。
1
(これは外から見た扉です、下に鍵穴がありますね)
いくら回しても開きません。つーかその鍵の棒がうんともすんとも動いてないのが見えるので、開かないことはすぐわかる。
「おいおいまじか~。部屋のドアでつまずくのか今日は~!」

外から
「…西山さんまだですかねえ。寝てるのかなあ…」
という声がかすかに聞こえます。

思い切って窓を開けて
「S田さ~ん、たすけてください~ドアが開きません~」
こんなにはっきりと助けを要請したことは人生初かも。

「西山さん、鍵、投げてください」
部屋のかぎを窓から投げます。すぐにS原さんがホテルの人を連れてドアの向こう側にやってきました。
ガチャガチャ。
鍵のつまみはちゃんと動きます。縦になったり横になったり。でも肝心の棒の部分が右の扉にはまったまんま全く動きません。
おもえばここのこの鍵、最初から不安定だった。ホテルの人が案内してくれた時もなかなか開かなかったし、そのあと私が使っても、開いたり開かなかったりしてたからなあ…。
そのうちドアの向こうが静かになりました。途方に暮れているようです。

その時、ふと、右の扉の上の鍵が目に入りました。これをはずして力いっぱい押したらどうなるか…。
ばあーん!
驚いてこっちを見ているS原さんとホテルの人がいます。
「あれ??どうして…」
西山だってびっくりです。力いっぱい押したら右の扉にささってた帽の部分がスカッと抜けたのです。

まあそういうわけで、ようやく托鉢現物に行けることになりました。部屋の鍵はもう壊れているのであけっぱなしていきます。部屋のかぎを開けっぱなしで出るなんて前代未聞です。でもホテルの人が、
「だいじょうぶ、私たち、(防犯カメラで)見はっているから」

…とにかく、行きます。

ホテルの門のあたりで出会った行商のおばさんが托鉢のためのもち米やちまきやお菓子を進めてきます。でもやるのはS田さんだけだし、S田さんも買ってあるし。お坊さんたちが通る道まで歩いて10分くらいでしょうか。まばらな街灯をたよりに真っ暗な道を進んでいきます。

すると人が大分集まっているところに来ました。どうやらこのへんをお坊さんたちは通るようです。お坊さんに寄進する人たちのためのござみたいなものが道に敷いてあります。
おばさんがそのござの上に座れ、と言っています。まだ早いから座って休めということか…。

と思っていたら。(今日もこれか?)
1
なぜだかおばさん、S田さんと西山とS原さんの前にあのもち米の入った竹筒やちまきを入れたかごを置くではありませんか。

「あれ?いやあの、やるのはS田さんだけじゃ…」
「どうせならみんなでやりましょう♪おばさんに3人分揃えてもらっちゃいました」

まあー。西山無宗教なんだけど。でもいいか。ラオスの人々は結構宗教的におおらかなようですし。西山も旅の感謝と連載の成功を祈願させていただことにしました。

見てみると同じようなござと竹筒が道沿いにずらーっと並んでいます。どうやらこれからタイのツアーの団体さんが来るようなのでその準備と言う。うーん。いっちゃあなんだけど、これも観光イベント、なのかな。
2
お坊さんたちがやってきました。ルアンパバーンの街のお寺すべてから280人のお坊さんたちが托鉢に来るそうです。
ラオスの人々は敬虔でまじめな仏教徒です。お坊さんに寄進をするのは「お坊さんたちが自分たちの罪を背負ってくださっているんだ」と言う真剣な気持ちだそうです。だから内戦や、共産主義への転換があっても、政府は国民から宗教を取り上げることができなかったそうです。(弾圧しようとしましたが失敗したのです)

西山もお辞儀して、竹筒のカオニャイを手で丸めてお坊さんの手の中の銀の托鉢に…
って、
お坊さん、通り過ぎるの早い!丸めてるひまなんかない!
隣でS田さんは昨日買ってきたお菓子を托鉢に放り込むので精いっぱいのようです。もう丸めるの断念。手でがしっとカオニャイをつかんで放り込む!込む!込む!
(不謹慎だとは思いますが、ちょっとハローウィンのTRICK OR TREATみたいな…)
すっかり無くなるのは結構あっという間でした。
見るとお坊さんの托鉢はあふれんばかりになっています。カオニャイやちまきやお菓子、果物でごったかえしています。おもむろにお坊さんがその中に手を突っ込んで、グわしとカオニャイをつかんで、そばにいた小さな子供の持っていた竹かごに施してあげていました。
280人のお坊さんによる托鉢、やはり最初を歩くお坊さんの鉢の中の方がたくさんになります。でもそういう余分にもらった分は分けたりして、280人分、適当にうまく分けられるそうです。どっちかと言うとお菓子などは結構余り気味で、こうして貧しい人にあげているそうです。…全て手づかみですけど、ね。

托鉢は6時から始まって6時半には終わりました。ホテルに戻って朝食。
2
部屋帰ってパッキング。(やはりかぎは掛かってなかった…)時間が余ったので、少しホテルそばの朝市を覗いてきました。
3
チェックアウトしたらジャンボタクシーに荷物を詰め込んで、観光、そして東京に帰ります。

まずルアンパバーン国立博物館に行きました。
8
元王宮です。1975年のあの革命までは王族の家族がここに住んでいたそうですが、その後北の方に連れて行かれたそうです。今はどうしているんだろうか。
ここも中は撮影禁止です。
でも玉座など素晴らしい金細工で囲まれていて、素晴らしかったです。王様の寝室王妃様、王子様たちの寝室、食堂などは質素というかシンプルにしていましたが、逆になんだか王族らしさを感じました。私がいたときはまだいたんだよなー。王様。
その他東インド会社や中国、タイ、それから日本などからも送られた献上品も展示してありました。やっぱり日本が世界に代表して贈るものとなると焼き物とか蒔絵になるのだなあ。
それにしても、どこに行っても感じるんだけど、もう少し観光事業のための営業努力するべきじゃないかなあ。こんなに素晴らしいものを持っているんだからもっと上手にアピールすればいいのに。惜しいです。


それからワットマイにいきました。1821年建立。この五重の屋根がルアンパバーン様式でも結構珍しいそうです。この外壁にきんきらきんのレリーフがあって、仏教の輪廻について描かれているのだそうです。
4
西山はそれよりこのお寺の境内にあるお坊さんたちの住居スペースの方が気になりました。さっき托鉢に来ていた少年坊たちが洗濯したりしているのです。オレンジ色の袈裟が鮮やかです。

そのすぐそば、ワットシェントーンです。1560年、ラオスの最初の王様によって建てられたお寺だそうです。
5
ヴィエンチェンもそうでしたが、ラオスのお寺はこうした装飾が本当にきれいです。ルアンパバーンにはアートスクールもあるそうですが、この装飾を習ったりもしているのでしょうね。いつでもルアンパバーンのお寺の修復ができるように。
6
ところで、そんな荘厳なお寺ですが、ここで毎年ミス・ルアンパバーンが決められるそうです。意外と世俗的…と言うより、お寺がそれだけ住民にとって身近と言うことでしょうかね。

ちなみにこのお寺の中の仏堂を覗いて見たら、なんと!昨日焼き物の村で西山と英語でいろいろ話した兄ちゃんがタイのツアー客たちにお寺の解説をしていました。向こうも気づいたようで、手を振ってきました。こちらも笑顔で手を振ります。うーん、メコン川を隔てていても世間は?せまいな。


ラオス最後の食事はルアンパバーン名物の「カオゾイ」にしました。
7
一見ベトナムのフォーに似ていますが、坦々麺のように辛く煮付けたひきにくがのっていまして、一緒に添えられているもやしやハーブ類を好きに加えて食べるのです。おいしいです!「スパイスのタイ、ハーブのラオス」と言われているそうですが、本当にハーブの活きている国です。

まだ時間があるので、フォーシーと言う、ルアンパバーンで一番高いところにある仏塔を見に行くことにしました。280段くらいある階段をひーひー言いながら登りました。
気がつくとS原さんが何かオレンジ色の花を買っています。ラオスの人が仏像やお寺に備えるお花です。(マーガレットじゃないかと思うのですが)
「上でお供えしましょう」
これまた仏教の「体験」です。
9
ルアンパバーンを見降ろして。山に囲まれたきれいな街です。メコンともう一つの河に囲まれているんです。
70

このあとしばらく散策して買い物したり、再びカオ・チーを買いました。この後ハノイ空港で、乗り継ぎのために5時間待つからです。ハノイ空港ではおいしいものが食べられそうな感じがしなかったので…。ついでにパンだけ買いました。日本に帰ってから自分でも作りたいと思ったのです。
あと市場で昨日食べたカイペーンとそれをつけた辛し味噌、ラオスキに使ったごま風味味噌、春巻きの皮、インスタントのおかゆなどを買いました。こんなにラオスから食品を買って帰ることになるとはいったい誰が想像したでしょうか。でも本当においしかったんですよ。


それから揚げ春巻きを包んでくれる店を探し回りました。
揚げ春巻きにいたく感動した西山。ぜひ日本にも持って帰りたい!
昨晩オラームを食べた店のがおいしかったので、そこで頼んだら材料が切れていると言う。なのでちがう店に。タクシーの運転手さんが紹介してくれました。
S原さんに頼んで3人前、買ってきてもらいました。嗚呼うれしい。これもハノイで食べよう♪

こうして空港に向かいました。
ついてみるとチェックイン時間を少し遅れていて、西山たちが一番最後でした。
なんだか「何とかなるさ」なラオスに慣れて、ちょっとのんびりしていたようです。
S原さんともお別れです。5日間本当にお世話になりました。
実は高校のバスケ部時代HARLEM BEATを読んでいてくれてたS原さん、西山お礼にTシャツにサイン書いてきました。

ラオスともお別れだ。
さよならラオス。こんなに気持ち良く過ごせるなんて、思ってなかったよ。ガンバって、いい国になってね。


少し感傷に浸りながら待合室でボーディングの案内を待っていると、テレビでルアンパバーン紹介のDVDの案内をやっています。

「あのDVDいいですね」
「うん、資料にいいかもしれませんね」
「そこのおみやげ屋さんに売ってますかね」

おみやげ屋さんに聞くと、外のインフォメーションセンターに売っていると言う。
「でももうセキュリティチェックもしちゃったんだけど…」
「だいじょーぶだいじょーぶ、出てもまた戻れるから!」
エー?そうなの?なんだったんださっきのセキュリティーチェック??
まあ時間はまだあります。さっと買って、戻れば大丈夫かな。S田さんに言って外に出ました。
インフォメーションセンターのお兄ちゃんにDVDがほしいと言うと、
「あっ、切れてる。ちょっと待ってて、奥から取ってくるから」
「でも、もう飛行機が出るんだけど…」
「だいじょーぶだいじょーぶ、すぐもどる!」
しかしいくら待っても帰ってこない。大丈夫かな。
すると満面の笑みで帰ってきました。明るいお兄ちゃんです。
「あれっでもほしいのはこっちDVDなんだけど。それじゃなくて」
「ええ?あっほんとだ、しまった」
おいおい。
と思った時、お兄ちゃんが
「おや?君の乗る飛行機はハノイ行き?」
「そうだよ」
「今最終案内のコールがかかってる…」
げっ!!DVD買ってる場合じゃない!走り出す西山。
「おいおい、DVD…」
「ごめん、またね!」
その時、さっき別れたS原さんがヴィエンチェン行きのチェックインを済ませて通りかかりました。
「に、西山さん、何でここに…!!」
「DVD買おうと思って!でももう間に合わないから」
「僕、買って送りますよ!」
すでにS原さんはVCD送ってくれる約束になっています。
「ありがとう!これ20ドル!じゃー!」
さっきの感動的なお別れはなんだったんだか。
急いで待合室に戻ると、すでにそこにはカオ・チーの袋と揚げ春巻きの袋を持ったS田さんしかいません。
「西山さん、急いで!」
飛行機までは走って3分です。

あわてて乗り込むと、すぐに飛行機が動き出しました。うわあ、私が待たせたのか!?
席に着いた瞬間S田さんが
「パスポート落としました!」
「えっどこ!?」
「椅子、椅子の下…!は、春巻きの袋持ちかえた拍子に…」
おおさわぎです。(ごめんなさい、S田さん)

いろんなことがあったけど、これでどたばたの旅も終りです。さらばラオス。
そしてハノイに着いて乗り継ぎのために5時間待って、0時5分分発、日本時間6時50分成田着。
それで旅は終わるはずでした。



はずだったのに…。









スポンサーサイト
*Edit TB(-) | CO(-) 

Back      Next


blogram投票ボタン