ニシヤマ的つぶやき


雨季のはずなのに晴れ晴れラオス

9月21日火曜日

時差だったりなんだったりでラオス時間朝4時には目が覚めてしまいました。外は真っ暗。仕方ないのでアイルー村やりながらNHK WORLDやHISTORY CHANNELを見ながら朝食時間を待ちました。


朝食はメインを卵、おかゆ、麺から選びます。西山はおかゆを注文しました。コーヒーか紅茶注文して、その他サラダやお惣菜、シリアル、パン、ジュースフルーツは食べ放題。
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おかゆ、めっちゃくちゃおいしいです❤!!!
コリアンダーは効いているし出汁も滋味深い味わい。ちょっと塩からい付け合わせの高菜みたいな野菜もおかゆと一緒に食べるとちょうどいいし、味付けゆで卵もいい。どういう味付けだろう。気になる。覚えて帰りたいくらいです。

雨季だと言うのにめちゃくちゃ天気がいいです。しかも暑いです。東京も今年は暑かったですけど、湿気が高くて太陽が近い、そんな感じの暑さです。空が広いからそう思うんでしょうか。


さてこの日は取材である方を訪ねることになっていました。
ここは今度の連載にもかかわることなのでちょっと話ずらい…。編集部からの宣伝解禁が出たらお話しますね。

でもその方のおかげで西山が住んでいた家その一がみつかりました!
と、いっても敷地だけで、家は取り壊されていて新しく家が3軒建てられていました。
日本人用の寮になっていたそうですが今はだれも住んでいないので、中を見せてもらえることになりました。
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35年前にはここにプールがありました。日本人学校のみんなで泳いだところです。潰されて更地になっていました。
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この木のことは覚えていました。35年の間ラオスは内戦の嵐だったけど、生きていたんですねえ。

このあとまた違う方を取材しました。一緒にお昼食べながらの取材です。
昨日は観光客や外人がたくさんのこぎれいなレストランでしたが、今日は現地の人が普通に入るレストランでラオス料理です。
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そういえばこちらではあまりパイプいすは見かけません。テーブルも椅子も全部木です。私から見るとオシャレな気がしますが、こちらは山の国、木が豊富です。こちらの方からするとプラスチックや金属の椅子の方が贅沢なのかな。
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画面奥は海老チャーハン。左はメコン川でとれた魚を蒸して野菜のあんかけをかけたもの。魚の身が厚くてふっくらしていて、レモンが効いてておいしいです。一番手前は米の麺をゆでたものとちょっと辛く炒めた野菜を添えたもの。

西山が住んでいた家その二、つまりその一の後引っ越した先ですが、は見つかりませんでした。その一もそうでしたが、結局住所がわからないのです。
当時郵便物などは全て大使館あてに届いていて、うちに直接何かが届くと言うことがなかったので、実家の母に聞いても大使館の住所しか残っていないと言われました。
まあ残っていたとしても、内戦があったりでヴィエンチェンもいろいろ変ったそうなのでわからなかったかもしれません。
でもその一が見つかっただけでも奇跡です。

約束付きの取材が終わったので、ようやく観光です。

ビエンチェンの街です。
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道路はアスファルトになりましたが、雨季と乾季の季節の変わり目には湿気やら温度差でアスファルトがぼこぼこに壊れるそうです。

ワットホーパケオです。ワットはお寺とか寺院という意味です。
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1560年に建てられたそうですが、1730年、1828年にシャム(今のタイ)に侵攻され壊されたそうです。で、これは1930年代に修復されたそうで…。もとの形とはかなり違うという説も。
たくさん仏像が飾られていたのですがやはり日本のとはだいぶ違いますね。京都奈良に行ってきたばかりのおかげでそう思えました。
ラオスは小乗仏教の国です。だからだと思いますが、おられるのは仏さまだけです。西山が京都で萌え萌えしたような、12神将とか8部将とか観音様などはおられません。


ワットホーパケオの対面にあったのがワットシーサケートです。
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こちらのお寺には仏像が1万体以上おさめられているそうです。仏堂の大きな仏像から、壁に埋め込まれた小さな10センチくらいの仏像まで、てんこもりです。なぜだかここはタイの侵攻を受けなかったそうで、それでここに仏像を置いて守ったという話です。
見ての通り修復中です。ヴィエンチェンは今年ルアンパバーンからの遷都450年祭だそうで、あちこち工事していました。

それにしても暑い。西山は日傘を持参していたのでまだましでしたが、編集担当S田さんとガイドのS原さんが音を上げ始めました。日陰で水分補給しないとやばいです。
この子はその時私の周りをうろちょろしていた子猫です。
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はー、かわいいなー!連れて帰りたいくらいです。
でもこちらの猫、犬もそうですが、なんかスレンダーです。ふわふわな感じがしません。あんまり食べてないから、というより運動量が多いからかな…。俊敏そうで、生きるために走ってるぜ!俺たち!って感じを受けました。

そのあと最近できたショッピングアーケード、ダラート・サオに行きました。若い人向けの服や日用雑貨の店がぎゅうぎゅうに入っていて、ぎゅうぎゅうに商品を並べ込んでいました。
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手前左、織物の店です。
ラオスの女性はラオスの織物でできた「シン」と言う巻きスカートをはいています。ラオスの織物はとてもきれいなので観光客にも大人気です。
西山も「浮織り」という刺繍の施された織物を探し出して、着物の帯に仕立ててもらおうと思っています。
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ラオスにも韓流の波が…!CD?ビデオ?ブロマイド?屋さんです。
ドラゴンボールやナルトの本やビデオもありますが、なんといっても韓流、あるいは中国台湾の芸能がたくさん入ってきているそうです。


さて、ラオスにもバイクがたくさん走ってます。台湾と同じで市民の足です。
全員ヘルメットかぶれと政府も言っているそうですがこの通り。
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察するにメットかぶっているのはお父さん。前と後ろの子供は学校帰りでしょうか。下校時間で迎えに来たのでしょう。こういうたくましい光景をいっぱい見ました。
こちらの小中学校は全員制服です。上は白いシャツ、下、男の子は黒いズボン、女の子は黒っぽいシンです。大きい子は赤いネクタイをしているようです。

この日最後にタートルアン広場に行きました。
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タートルアンと言うのは画面中央のきんきらきんの仏塔です。16世紀に建てられ1873年中国の侵攻で壊されたものを1930年代修復したそうです。
西山の35年前の記憶の中でも鮮明なものです。ここでは毎年11月になるとこの広場で「タートルアン祭り」が催されるのですが、ここに日本大使館もパビリオンを出してお祭りに参加したのです。

そろそろ夕方です。西日がきつくなってきました。くどいようですが暑いです。


…と言っていたら、ガイドのS原さんが倒れてしまったそうです。ホテルに帰るまで一緒だったのですが、その後夕食に出撃しようとしたら昨日のY田さんが現れてそう教えられました。

「熱射病でしょうか…?」
「ううん、デング熱みたい」

はああ~!?
西山もS田さんもめちゃくちゃ用心して虫よけ対策を2重にも3重にもしていたのですが、現地に住むS原さんはあまりしていなかったようで。

「実は西山さんたちが来る2,3日前から39度くらいの熱があったらしいのよね。刺されたらしいし。デング熱よ、あははははは」

…現地の人にとってデングは大したことではないのか…。(確かに死ぬような病気じゃないし、うつるものでもないらしいけど…しかしなあ)そういえばさっきバイクに乗ってた兄ちゃんが点滴しながら走ってたな…。S原さん曰く、
「あれね、デング熱にかかったんですね。点滴打てば治るって思っているようで。ま、気休めですけど。あはははは」

ラオスには「ボーベンニャン」という言葉があります。「どうにかなるさ!きにするな」と言う意味です。
なんか沖縄の「なんくるないさー」みたいだなあ。案外楽天的?

ラオス料理ばかりだったので、この日はラオスの中華料理を。西山もラオス在住のおりよく連れられて行ったのが中華料理屋さんでした。
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左下はチャーハン。右下はお芋を潰して揚げた、えー、コロッケみたいなもの。左上は海産物のオイスター炒めみたいなもの、右上はシイタケや野菜の煮物です。おいしかったですけど…ちょっと薄味、かな。
朝から張り切って食べていたので、あまり食べられずドギーバッグにしてY田さんに持って帰ってもらいました。

明日はY田さんがY田さん所属のNPO団体が支援しているラオスの小学校を見せてくれると言います。私はラオスにいたときアメリカンスクールと日本人学校(土曜日だけの補習校)に通っていたので、ラオスの学校は初めてです。楽しみです!


疲れ果ててお風呂にお湯を張って、入る前にベッドに転がったらそのまま夜中まで寝てしまいました。起きてお風呂場に行ったらお湯は全部抜けていました…。
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