ニシヤマ的つぶやき


西山ラオスの地に立つ

風邪をひきました。
やはり、いきなり涼しい恰好で日本に帰ってきたのがまずかったですね。昨日の晩からくしゃみと鼻水に襲われ、のどの痛みで目を覚ましました。お医者で山のような薬をもらってきましたので、少し休もうと思います。
でも写真の整理は終わりました。これから一日ずつ旅日記をつけていこうと思います。

9月20日月曜日
1
ラオスの首都ヴィエンチェンについたのは向こうの時間で夕方6時半くらいです。


まず成田エクスプレスで成田について、ベトナム航空機で正午に出発。うきうきです。
7年ぶり?の国際線の飛行機はいろんなものが進化していて楽しいです。…期待していた映画やゲームはモニターの故障とかで見れませんでしたが…。CAも感じがいいです❤

乗り継ぎ地のベトナムハノイに15時半着。
ハノイに着くといきなり目の前にへの字の口の軍服が3人。…ああそうだ、ベトナムは社会主義国家だったんだよね。
乗り継ぎの受付に行っても英語もあまり通じず、かと言ってごまかすために笑ってくれるわけでもなく。
ゲート前の待合スペースは広いしおみやげ屋さんもレストランもたくさんあります。フットマッサージやスパの店まで2件もあります。…でもやっぱりみんな笑顔がない…。日本のマクドナルドなら無料で売ってるのに…。
少しくらいにこりとしろよ…。
ラオスも社会主義国家になったんだよな…。がらんとした待合スペース、わけもわからないまま飛ばない飛行機、不安でなんだかラオスに着く前からへこんでしまいました。
16時半発のはずが何のアナウンスもないまま17時、ようやくラオス航空機に乗りこめました。

ラオス航空AIR LAOは日本への直行便を持ちません。小さなプロペラ機です。
トラム一台分の人員でいっぱいになります。
でもまあ、なんてCAの感じのいいこと!笑顔の柔らかいこと!
西山あっという間に機嫌が直りました。
2
ラオスの北半分は山だらけです。雨季なので上空から見ても不思議な形の雲がいっぱいです。
1
たった一時間半ほどのフライトですがおやつ?が!ミートパイのようなものとドラゴンフルーツとメロンです。


ラオスのヴィエンチェン空港に着くと何やら感慨。

-ああ、35年ぶりに来ちゃったよ…。もう二度と来ることもないと思っていたのに…。

でも記憶の空港よりも大きくて立派です。せんべいの箱をひっくり返したような小さな空港だったはずなのに。
聞くと日本の援助で10年くらい前に建ったそうです。

到着の出口を出るとNPO団体のY田さんとY田さん紹介のS原さんが出迎えてくれました。同行の編集担当S田さんがいろんなつてをたどって見つけてきてくださった方々です。S原さんはラオス国立大学の学生さんです。

用意してくれたジャンボタクシーでまずホテルに向かいました。タクシーの運転手さんは「細く引き締まっておでこの狭い押尾学」ぽいです。

35年ぶりのヴィエンチャンは…アスファルトでした!
8

昔は赤土のごろごろした道だらけだったのに!車もいっぱい走ってます。3階建て以上の大きな建物もたくさんあります。信号もあります!!!(ここ数年で急激に車と信号が増えたそうです)
広々した台湾の街、と言うと近いかもしれません。

ホテルはCITY INN HOTELです。
7
「地球の歩き方」を読んで研究しておいたのですが、ラオスは最近きれいな大きいリゾートホテルがいっぱい建ってて、日本からもたくさん若い女性たちが観光とエステにやってくるとか。
ここはビジネスホテルですがオシャレです。
…少々湿気が高くて、エアコンをつけてもなかなか取れません。西山少しぜんそく起こしました。(しばらく使われてなかったんじゃないかなあ、この部屋。その後少しずつ改善されていったので)


夜はラオス舞踊付きレストランでY田さんとS原さんとラオス料理をいただきました。KUA LAOと言う店です。その昔フランスが植民地にしていた時代の名残の建物です。

…正直西山ラオス料理は全く期待していませんでした。

こちらに住んでいた時うちにはベトナム人のコックさんがいて、ベトナム料理か洋食だけだったのでラオス料理は食べたことなかったのです。
それにハーレムビートやっているときにどこぞの通販で「ラオス料理」と言うのを購入してスタッフみんなで食べてみたのですが、それがめっちゃめちゃまずくって、タイに住んでいた経験のある女の子以外みんな吐きそうになったことがあるのです。

ところが!
まあまあまあ!なんておいしい!
豊富な野菜とたくさんのハーブで味付けされた料理はどれもこれも複雑で深い味わいで、西山びっくりです。
4
画面中央奥は「ラープ」という挽肉とハーブの炒め物です。次の写真のもち米を小さく手で丸めて真中をつぶし、そこにこのラープを指で挟んで口に運ぶのです。
画面右はラオス風ソーセージ。やはりハーブてんこ盛りなので香りも味も深いです。
そして画面左は西山が恋い焦がれた「ヨー・チュン」、揚げ春巻きです!
日本では生春巻きの方がメジャーで、あまり見かけませんね。でも西山がラオスにいたときはしょっちゅう食べていました。…ベトナム料理だと思っていたのに…ラオス料理??
5
もち米が入った竹筒です。
6
この日は赤米のもち米です。手にとってもあまりべとつきませんが口に入れると程よい弾力です。

他に玉子豆腐と海草のスープやチャーハンなどいただきました。どれもめちゃくちゃおいしかったです。
わー!ラオス料理はまずいとか言ってごめんなさーい!!

ちなみにラオス舞踊もあったのですが、西山話に夢中でほとんど見ていませんでした…。
今回の旅の目的の一つ、「西山が住んでいた家探し」について情報交換をしていたのです。


西山は1973年から75年までラオスに住んでいました。

75年というのは隣国ベトナムでサイゴン陥落によりベトナム戦争が終結した年です。
その時ラオスでも共産主義が吹き荒れていて、共産主義を標榜するパテトラオ軍によってそれまでの王政が倒され、外国人特に西側諸国の人間が国外退去を迫られたのでした。西山のうちも父を残して(父は大使館の人間だったので脱出は一番最後です)ばたばたと脱出しました。

まあ、そんなこんなですがとにかく住んでいた家を探したくて、小さい頃の写真などを多数コピーして持ってきていろいろな人に見せようと思ったのです。

その頃ラオスにいた日本人がまだラオスに住んでいる!!…と教えてもらえましたが残念、その人は今日本に一時帰国してるそうで。

とにかく、明日から家探しです。そのために明日朝人に会うアポイントメントがあります。
朝早かったのでものすごく眠いです。(時差2時間。日本の夜7時にこちらは5時)
ホテルに戻ってテレビをつけるとNHK WORLDやってました。日本語です。ちょうど「げげげの女房」が始まりましたので、見ながら寝ました。
続きはまた明日。

スポンサーサイト
*Edit TB(-) | CO(-) 

Back      Next


blogram投票ボタン